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▲小倉孝保『ロレンスになれなかった男-空手でアラブを制した岡本秀樹の生涯-』角川書店、2020年

 著者は毎日新聞のカイロ支局長や論説員を務められたマスコミ出身の作家で、人物や特定の課題に焦点を当てたノンフィクションが十八番のようです。副題にある岡本秀樹氏は、1963年に創部された国士舘大学空手道部の初代主将を務められ、その後、1970年から日本空手協会の海外指導員として、中東・アフリカ地域における空手の普及に長年ご尽力され、2009年にご逝去された先生です。著者の関心は、おそらく岡本先生のユニークな人物像にあり、派遣元の外務省と対立する一方で、空手家としてのコネクションを使って、シリア、レバノン、エジプトなどの政権中枢とつながっていた波乱万丈な人生にあったのでしょう。しかし、協会の一会員としては、時々聞いていた「協会は海外に強い」という意味を少し知れた気がしたことが一番の収穫です。とくにスポーツ競技としての空手を目指す世界空手道連盟と武道空手を目指す日本空手協会の関係、中東地域で武道精神を伝えることの難しさなども、現地の様子を想像しながら、さもありなんと思いながら一気に読むことができました。中東地域では、地理的に近い欧州の影響が強いようですが、この地に空手の種を蒔いた岡本先生の功績も決して小さくないと確信できる一冊です。